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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)238号 判決 1997年4月08日

アメリカ合衆国

カリフォルニア州 92714 アーヴァイン スゥイート 200 メイン ストリート 2355

原告

ディスコビジョン アソシエイツ

代表者

デニス フィッシェル

訴訟代理人弁護士

井波理朗

太田秀哉

柴崎伸一郎

田上智子

同弁理士

門間正一

伊藤嘉昭

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

指定代理人

臼田保伸

吉村宅衛

吉野日出夫

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成2年審判第19431号事件について平成7年3月27日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文1、2項と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年7月25日に名称を「記録媒質と記録方法」(後に、「記録媒質の記録方法」と補正)とする発明(以下、「本願発明」という。)について特許出願(昭和58年特許願第134530号。1982年9月20日にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権主張)をしたが、平成2年8月17日に拒絶査定を受けたので、同年11月5日、査定不服の審判を請求し、平成2年審判第19431号事件として審理された結果、平成7年3月27日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年6月5日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として90日が附加されている。

2  本願発明の要旨(別紙図面A参照)

染料材料を爆発性材料とともに溶剤に溶かしてプラスチック製基板上に塗布して光吸収被覆とした構造を有する可動の記録媒質に書込みビームを用いてデータ信号を記録する方法において、

前記記録媒質を所定の形式で動かしながら、前記データ信号で強度変調された書込みビームを前記記録媒質に方向付けると共に前記光吸収被覆の比較的浅い深さに焦点を結ぶようにして収束させ、かつ前記書込みビームの強度を前記爆発性材料が前記光吸収被覆の比較的浅い一定深さ範囲においてのみその自己点火温度にまで選択的に加熱されて完全な爆発が誘発されるように設定することを特徴とする方法

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、特許請求の範囲(1)に記載された前項のとおりのものと認める。

(2)  これに対して、昭和55年特許出願公開第87595号公報(以下、「引用例」という。別紙図面B参照)には、基盤に、記録に用いる光源が発する光の波長領域で強い吸収特性を有し、かつ光を吸収して発熱する色素と低温度で気化する有機物質とを結合した記録材料を塗布したレーザ記録フィルムが記載され、前記基盤としては、透明度が高く、耐熱性の良いポリエステル、ポリエチレン等のフィルムが適していること、溶剤によく溶けるレーザ光吸収材料(色素)とバインダー(低温度で気化する有機物質)の組合わせとしてはメチレンブルーないしブリリアントグリーンとニトロセルロースを用いた組合わせが最適で、光学的濃度3、膜厚1μmの記録材料ができる旨記載されており、さらに、情報の記録に関して、「レーザビーム2が記録材料5に入射すると色素が発熱して記録材料5の温度が上昇する。レーザビーム2が照射されている部分の温度がある閾値に達するとバインダーは気化し、色素は共に分解してしまう。従って、レーザ光2が照射している部分の記録材料は消滅し、穴があくことになり、情報が記録される。」旨記載されている。

(3)  本願発明と引用例記載の発明(以下、「引用発明」という。)とを対比すると、引用発明の「基盤、色素、低温度で気化する有機物質(例えばニトロセルロース)、記録材料、レーザ記録フィルム」は、それぞれ、本願発明の「プラスチック製基板、染料材料、爆発性材料(ニトロセルロース、トリニトロアニリン、トリニトロトルエン等)、光吸収被覆、記録媒質」に相当するものであると認められ、また、引用発明における情報の記録に関する前記記載は、データ信号で強度変調されたレーザビーム2をレーザ記録フィルムに方向付けると共にレンズ4によって記録材料5に焦点を結ぶように収束させ、前記レーザビームが照射されている部分の前記有機物質のみをその自己点火温度にまで選択的に加熱することにより記録材料を気化消滅させて、即ち完全な爆発を誘起して記録する記録方法について記載したものであると認められる。したがって、本願発明と引用発明は、

「染料材料を爆発性材料とともに溶剤に溶かしてプラスチック製基板上に塗布して光吸収被覆とした構造を有する記録媒質に書込みビームを用いてデータ信号を記録する方法において、前記データ信号で強度変調された書込みビームを前記記録媒質に方向付けると共に前記光吸収被覆層に焦点を結ぶように収束させ、かつ前記書込みビームの強度を前記爆発性材料がその自己点火温度にまで選択的に加熱されて完全な爆発が誘発されるように設定している点」で一致し、以下の点において一応相違する。

<1> 本願発明の記録媒質は、可動であって、データ信号を記録するときに、前記記録媒質を所定の形式で動かしているのに対し、引用例には、その点に関して明確な記載がない点

<2> 本願発明が、書込みビームを前記光吸収被覆の比較的浅い深さに焦点を結ぶようにして収束させ、かつ前記書込みビームの強度を前記爆発性材料が前記光吸収被覆の比較的浅い一定深さ範囲においてのみその自己点火温度にまで選択的に加熱されて完全な爆発が誘起されるように設定することによって前記光吸収被覆層の一部のみを除去しているのに対し、引用発明は、書込みビームを前記光吸収被覆層に焦点を結ぶようにして収束させ、かつ前記書込みビームの強度を前記爆発性材料がその自己点火温度にまで選択的に加熱されて完全な爆発が誘起されるように設定することにより、前記選択的に加熱された光吸収被覆層全体を除去している点

(4)  検討

<1> 相違点<1>について

この種の記録媒質ヘレーザビームを用いてデータ信号を記録する場合、前記記録媒質を所定の形式で動かして前記データ信号を記録することは周知慣用手段(例えば、昭和53年特許出願公開第124404号公報、昭和54年特許出願公表第500058号公報(以下、「周知例2」という。)、昭和56年特許出願公開第10491号公報(以下、「周知例3」という。)あるいは米国特許第4,097,895号明細書を参照)であるので、相違点<1>は格別なものではない。

<2> 相違点<2>について

光吸収材料と比較的低温度において気化あるいは爆発性を有する材料との混合物を基板上に塗布して光吸収被覆層とした構造を有する記録媒質に書込みビームを用いてデータ信号を記録する場合、前記光吸収被覆層の一部のみを除去するように記録することは周知(例えば、昭和50年特許出願公開第51733号公報(以下、「周知例1」という。別紙図面C)、周知例2(別紙図面D)あるいは周知例3(別紙図面E)を参照)であるので、引用発明における前記光吸収被覆層の記録形状を本願発明のように前記光吸収被覆層の一部のみ除去した形状に変更することは、当業者であれば各周知例を参照することにより容易に想到しえた事項である。また、その際、前記書込みビームを前記光吸収被覆の比較的浅い深さに焦点を結ぶようにして収束させ、かつ前記書込みビームの強度を前記爆発性材料が前記光吸収被覆の比較的浅い一定深さ範囲においてのみその自己点火温度にまで選択的に加熱するように設定することは、当然考慮される設計的事項にすぎない。

(5)  したがって、本願発明は、引用発明及び周知例1ないし3記載の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

引用例に審決認定の技術内容が記載されていること、本願発明と引用発明とが審決認定の一致点と相違点を有すること、及び、相違点<1>に係る構成が想到容易であったことは争わない。しかしながら、審決は、各周知例には、本願発明の技術的課題が示唆されておらず、かつ、この技術的課題を解決するため本願発明が採用した相違点<2>に係る構成(以下、「書込みビームの焦点深さ及び強度設定に関する構成」という。)が記載も示唆もされていないことを看過し、また、この構成が高度の技術的手段を必要とすることについての判断を誤った結果、相違点<2>に関する判断を誤り、本願発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  染料材料を爆発性材料とともに溶剤に溶かしてプラスチック製基板上に塗布して光吸収被覆を形成すると、プラスチック製基板の表面が溶剤によって荒らされるので、光吸収被覆を完全に突き抜けるピットを形成すると、基板表面の粗面がピットの底から露呈し、信号対雑音比を低下させる原因となる。本願発明は、このような技術的課題の解決を目的として創作されたものである。

しかし、上記のような技術的課題は各周知例には示唆すらされていないから、各周知例を論拠とする相違点<2>に関する審決の判断は、誤りである。

なお、被告は、本願明細書にはプラスチック製基板の表面が溶剤によって荒らされることが信号対雑音比低下の原因となることは記載されていないと主張するが、平成2年11月5日付け手続補正書添付の明細書(以下、「本願明細書」という。)34頁4行ないし8行には、「爆発性の層4は10,000Åの厚さを持っていて、溶媒がその下にあるプラスチックの基板に影響を持っていても、情報を担持する不規則性を形成する被覆の上側部分に対する影響が小さくなる様にすることが出来る。」と記載され、溶剤のプラスチック製基板に対する悪影響が明らかにされているから、被告の上記主張は当たらない。

(2)  各周知例には、本願発明が採用した書込みビームの焦点深さ及び強度設定に関する構成が記載も示唆もされていない。

すなわち、周知例1の第4図(別紙図面C)には、記録層10をその厚さの途中まで除去したものが示されている。しかしながら、周知例1の「結晶性カルコゲン層の記録は(中略)、層の厚さ方向全体に形成されてることを一般の形態とするが、場合により、第4図に示すように、結晶性カルコゲン層の一部を除去して形成されてもよい。このような場合は、レーザービームの強度が十分でないとき、結晶性カルコゲン層が厚いとき、また、結晶性カルコゲン層に形成された凹凸性を利用して若しくは凹凸性に基く光学濃度差を利用して情報を記録するときに適用される。」(6頁右上欄12行ないし左下欄5行)という記載に照らせば、その記録層10は爆発性材料を含んでおらず、記録層の一部のみを除去することも前記技術的課題の解決を目的として行われるものではない。そして、周知例1には、本願発明が要旨とする書込みビームの焦点深さ及び強度設定に関する構成は全く開示されていない。

また、周知例2のFIG.2(別紙図面D)には、層10を貫通しない凹みが示されている。しかしながら、周知例2記載の発明は、「熱的に変形し得る溶剤塗布層を有」(2頁右上欄5行、6行)するものであって、「熱的変形可能な記録層上にビームの焦点を合わせ」(1頁左下欄3行、4行)ることによって、「鮮鋭な輪郭をもつ隆起線によって包囲された凹み、または孔」(1頁左下欄6行、7行)を形成することを企図するものであって、その記録層10は爆発性材料を含んでいない。そして、周知例2には、本願発明が要旨とする書込みビームの焦点深さ及び強度に関する構成は全く開示されていない。

さらに、周知例3のFIG.2(別紙図面E)には、層11の中間までマーク13が形成されたものが示されている。しかしながら、周知例3には、層11に形成されるマーク13の深さについては「マーク13は一般に、孔またはクレーターの形であり、使用する層11の厚さおよび適用されるレーザー強度並びにその他の因子に依存して、層11の全厚さほどの深さであることも、そうでないこともある。」(4頁左下欄20行ないし右下欄5行)と記載されているのみである。そして、5頁左上欄2行ないし9行の「最小量のマーク形成エネルギーを使用すると、溶融および少量だけのガス状分解生成物の排出が生じて、溶融した材料が孔部分で再固化し、不規則な表面を形成することから、層11に乱れが生じる。顕微鏡で検査すると、マーク13は大部分が孔またはマークであるが、その幾分かが周囲の領域に流れ出している不規則な表面の材料の塊として見ることができる。」という記載を参照すると、FIG.2は欠陥製品の事例として記載されていると考えられる。そして、周知例3にも、本願発明が要旨とする書込みビームの焦点深さ及び強度設定に関する構成が全く開示されていないことは明らかである。

以上のように、各周知例に記載されているものは、いずれも、融解によって光吸収被覆にピットを形成するのであって、本願発明のように爆発によってピットを形成するのではない。そして、爆発によってピットを形成すれば、引用例に示されている別紙図面Bのように光吸収被覆全体が除去されるのが普通である。したがって、融解によって光吸収被覆の一部のみを除去することを開示している各周知例の記載から、爆発によって光吸収被覆の一部のみを除去する本願発明の方法に想到することが容易であったとは到底いえない。この点について、本願発明は、書込みビームの焦点深さ及び強度を適宜の値に設定して爆発を制御することによって、光吸収被覆の一部のみを除去し、基板を露呈させないという新たな記録方法を創作したものである。

以上のとおりであるから、引用発明の光吸収被覆の記録形状を光吸収被覆の一部のみを除去した形状に変更することは当業者ならば各周知例を参照することにより容易に想到しえた事項であるとする審決の判断は、誤りといわざるをえない。

(3)  そして、審決は、「書込みビームを前記光吸収被覆の比較的浅い深さに焦点を結ぶようにして収束させ、かつ前記書込みビームの強度を前記爆発性材料が前記光吸収被覆の比較的浅い一定深さ範囲においてのみその自己点火温度にまで選択的に加熱されるように設定することは、当然考慮される設計的事項にすぎない。」と判断している。

しかしながら、高速回転しているディスクの光吸収被覆に対して、書込みビームの焦点深さ及び強度を所望の値に設定することは極めて高度の技術手段であるから、これを、本願優先権主張日前の技術水準において当然に考慮される設計的事項であるというのは当たらない。別紙図面AのFIG.5に示されている記録媒質に隆起部を形成する方法が、本願発明が要旨とする上記技術手段よりもはるかに容易なものであるにもかかわらず、本出願からの分割出願によって「記録媒質の製造方法」として特許されていることに鑑みても、審決の上記判断の誤りは明らかというべきである。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  原告は、染料材料を爆発性材料とともに溶剤に溶かしてプラスチック製基板上に塗布して光吸収被覆を形成すると、溶剤によってプラスチック製基板の表面が荒らされるので、光吸収被覆を完全に突き抜けるピットを形成すると、基板表面の粗面がピットの底から露呈し信号対雑音比を低下させる原因となるが、本願発明はこのような技術的課題の解決を目的として創作されたものであうと主張する。

しかしながら、本願発明の特許願書には、書込みピットの深さを光吸収被覆全体としたFIG.1が本願発明の実施例を示すものとして添付されているし、書込みピットの深さを光吸収被覆の途中までとした実施例を示すFIG.4については、願書添付の明細書には「第4図に示したこの発明の更に別の実施例の記録ディスクでは、爆発性被覆4が第1図乃至第3図に示した実施例よりも実質的に厚手で、約1ミクロンより大きな厚さを持つことが好ましく、面の不規則性は、被覆4の上面の中に途中までしか入り込まないピットの形をしている。」(31頁5行ないし10行)と記載されているにすぎず、溶剤によってプラスチック製基板の表面が荒らされることが信号対雑音比低下の原因となることは何ら記載されていない。したがって、原告の上記主張は、明細書の記載に基づかないものであって、失当である(原告が援用する本願明細書34頁4行ないし8行の記載は、FIG.5に関するものと考えられるうえ、溶剤がプラスチック製基板にどのような影響を及ぼして信号対雑音比を低下させるのか、何ら明らかにされていない。)。

ちなみに、信号対雑音比に悪影響を及ぼすピット周囲の金属残渣あるいは粗い縁の解消は、光吸収被覆に爆発性材料を含有させることによって達成されるのであって、書込みピットの深さを光吸収被覆の途中までとすることによって達成されるのではない。

また、原告は、各周知例には本願発明の技術的課題が示唆すらされていないと主張する。

しかしながら、審決は、光吸収材料と比較的低温度において気化あるいは爆発性を有する材料との混合物を基板上に塗布して光吸収被覆層とした構造を有する記録媒質に、書込みビームを用いてデータ信号を記録する場合、光吸収被覆層の一部のみを除去するように記録することは周知であることを示すために各周知例を援用しているにすぎないから、原告の上記主張は当たらない。そして、各周知例によれば、書込みピットの深さを光吸収被覆の全体とするか途中までとするかは、必要に応じて適宜に決定しうる事項であることが明らかであるから、この周知の事項を、記録媒体として同一の技術分野である引用発明に適用することには何らの困難もありえない。

2  原告は、各周知例には、本願発明が採用した書込みビームの焦点深さ及び強度設定に関する構成が記載も示唆もされておらず、融解によって光吸収被覆の一部のみを除去することが開示されているにすぎないから、この周知例記載のものに基づいて、爆発によって光吸収被覆の一部のみを除去する本願発明の方法に想到することは容易とはいえない旨主張する。

しかし、周知例1の6頁右上欄13行ないし左下欄5行、周知例2の4頁左下欄11行ないし右下欄8行、周知例3の4頁左下欄20行ないし5頁左上欄2行の各記載をみれば、光吸収被覆の一部のみを除去するためには、光吸収被覆を厚くすべきこと、あるいは、光ビームの強度を調節すべきこと等は必然的に予測できることである。そして、収束された光ビームが、その焦点において温度が最も高くなることは自明であるから、書込みビームの焦点を除去すべき層の位置に合わせること(すなわち、光吸収被覆の比較的浅い一定深さ範囲に設定すること)は、浅いピットを形成するために当然考慮される設計的事項にすぎないことは明らかである。

本願発明においても、爆発性被覆は、光吸収被覆層の一部のみを除去する形状に変更すべく厚くされており、光ビームの強度も調節されていることが明らかであるから、光吸収層の一部のみを除去する形状に変更するための方法に関しては、本願発明と各周知例記載のものとの間に実質的な差異はない。

3  また、原告は、高速回転しているディスクの光吸収被覆に対して書込みビームの焦点深さ及び強度を所望の値に設定することは極めて高度の技術を要する事項であると主張するが、本願発明は書込みビームの焦点深さ及び強度を所望の値に設定する具体的手段を要旨とするものではなく、本願明細書の発明の詳細な説明にも、そのような具体的手段は何ら開示されていない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いのない甲第5号証(特許願書添付の図面)、第10号証(平成6年7月13日付け手続補正書)及び第12号証(本願明細書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が次のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。

(1)技術的課題(目的)

本願発明は、光学的な方法を用いて情報を記録し読み取ることができる記録媒質に関する(本願明細書7頁7行ないし10行)。

このような特定の種類の記録媒質は、複数のディスクを製造するためのマスター・ディスク、及び、単独の記録ディスクに特に適しており(同7頁11行ないし16行)、ディスクに対する光-放射吸収過程によって情報信号が記録されるものである(同7頁20行ないし8頁2行)。すなわち、所定の形で回転するディスク上に強度変調された書込みビームを集束し、情報信号に従って、ディスクのある特性(例えば、反射率)を変えるのである(同8頁2行ないし6行)。

マスター・ディスクとしての記録媒質は、ガラス基板の上にフォトレジスト材料又は金属材料の薄い被覆が沈積されたものであるが(同8頁7行ないし10行)、フォトレジスト材料被覆のものには現像工程前に記録内容を読み取ることができないこと、約0.5ミクロンより小さい直径を持つピットを作ることが難しいこと、ピットの縁が粗く粒状になる等の問題点があり(同9頁8行ないし20行)、金属材料被覆のものには記録密度が制限されること、ピットの周囲に金属残渣が形成されて信号対雑音比が制限される等の問題点がある(同10頁1行ないし13行)。

単独の記録ディスクとしての記録媒質は、プラスチック製基板の上に薄い金属膜を持つもの、あるいは、上面の反射率が高い上面を有する基板の上に光吸収性の強い誘電体材料の薄膜を持つものであるが(同10頁14行ないし19行)、前者には記録密度や信号対雑音比が制限される等の問題点があり(同11頁2行ないし10行)、後者にはピットの周囲に材料の残渣が生じて信号対雑音比に悪影響を及ぼす問題点がある(同11頁11行ないし20行)。

本願発明の技術的課題(目的)は、より高い記録密度及びより高い信号対雑音比を達成しうるように、より小さくて残渣のない情報担持面の不規則性を持ち、書き込んだ後に直接的に読み取ることができる形式の記録ディスクであり、かつ、標準型のディスク・プレーヤで演奏することができるディスクを提供することである(同13頁16行ないし14頁7行)。

(2)構成

上記技術的課題を解決するために、本願発明は、その要旨とする構成を採用したものである(平成6年7月13日付け手続補正書2枚目4行ないし12行)。

本願発明の記録媒質は、基板に重なる有効量の光吸収被覆を持ち、この光吸収被覆が爆発性材料を含んでいる。記録媒質が強度変調された書込みビームに対して移動するとき、光吸収被覆がビームによって選択的に加熱されて、その中に相隔たる爆発を誘起し、これによって光吸収被覆の外面にデータ信号を表すピットが形成されるが、このピットは、光吸収被覆の所定の深さまで入り込んだものである(本願明細書14頁12行ないし20行)。

(3)作用効果

本願発明によれば、光吸収被覆が爆発性材料を含んでいるので、ピットをその中に形成しても、実質的な残渣材料が残ったり、再生特性に悪影響を及ぼすおそれのある粗い縁ができない。そのため、非常に高い信号対雑音比をもってデータ信号を媒質に記録できるとともに、このディスクは標準的なレーザ読取りビデオ・ディスク・プレーヤによって再生することができる(本願明細書34頁19行ないし35頁6行)。

2  原告は、各周知例には本願発明の技術的課題が示唆すらされていないから、各周知例を論拠とする相違点<2>に関する審決の判断は誤りであると主張する。そして、原告は、染料材料を爆発性材料とともに溶剤に溶かしてプラスチック製基板上に塗布して光吸収被覆を形成するとプラスチック製基板の表面が落剤によって荒らされるので、信号を記録するピットが光吸収被覆を完全に突き抜けるものであると、基板表面の粗面がピットの底から露呈し、信号対雑音比を低下させる原因となるが、本願発明はこのような技術的課題の解決を目的として創作されたものであると主張する。

しかしながら、本願明細書には、前記のとおり、ピットの周囲に金属残渣が形成されたりピットの縁が粗くなったりすることに起因する問題点は記載されているが、前掲甲第12号証によれば、上記原告主張のように、溶剤によってプラスチック製基板の表面が荒らされ、これが光吸収被覆全部を除去したピットの底から露呈することに起因する問題点は明確に記載されていないといわざるをえないから、原告の上記主張は本願明細書の記載に基づかないものであって、失当である。

もっとも、同号証によれば、本願明細書には、実施例の説明としてではあるが、「希望によっては、爆発性の層4は約10,000Åの厚さを持っていて、溶媒がその下にあるプラスチックの基板に影響を持っていても、情報を担持する不規則性を形成する被覆の上側部分に対する影響が小さくなる様にすることが出来る。」(34頁4行ないし8行)と記載されていることが認められるので、本願発明の発明者が、光吸収被覆の材料である溶剤がプラスチック製基板の表面を荒らすとの知見を得ていたことは窺われる。

しかしながら、染料材料を爆発性材料とともに溶剤に溶かしてプラスチック製基板上に塗布する場合、その溶剤の影響によって基板の表面が荒らされ、製品の性能に影響を及ぼすことがあるであろう程度のことは、当業者であれば容易に認識し得たところであり、これを避けるために該基板の表面が読取りビームに対して露呈しないように構成すれば、その悪影響を避けうることは技術的に自明である。そして、光吸収被覆に形成するピットの深さを、光吸収被覆全部を除去して基板に達するものとするか、光吸収被覆の一部のみを除去して基板を露呈しないものとするかは、後記3のように、適宜に決定し得た事項にすぎないと認められるから、仮に本願発明が原告主張の点を技術的課題とするものであるとしても、各周知例の記載から相違点<2>に係る本願発明の構成に想到することは、当業者ならば容易であったと考えることができる。

よって、本願発明の技術的課題には予測性がなかったことを理由として相違点<2>についての審決の判断を誤りとする原告の主張は採用できない。

3  次いで、原告は、各周知例には本願発明が要旨とする書込みビームの焦点深さ及び強度設定に関する構成(相違点<2>に係る構成)が記載も示唆もされていないと主張する。

しかしながら、審決は、光吸収材料と比較的低温度において気化あるいは爆発性を有する材料との混合物を基板上に塗布して光吸収被覆とした構造を有する記録媒質に書込みビームを用いてデータ信号を記録する場合、光吸収被覆の一部のみを除去するように記録することが本出願前の周知技術であることを示すために各周知例を援用しているのであって、光吸収被覆の一部のみを除去する具体的手段が各周知例に記載されていると説示しているのでないことは明らかであるから、原告の上記主張は審決の論旨を正解しないものといわざるをえない。

そして、成立に争いのない甲第2号証によれば、周知例1記載の発明は、名称を「ヒートモードレーザービームレコーデイング用部材」とするものであって、「記録部材を用いて情報を記録する態様は第3図に示される。感光部材はレーザービーム11の照射を受けて結晶性カルコゲン層はその照射部において除去されて、記録される。結晶性カルコゲン層の記録は第3図に示されるように、層の厚さ方向全体に形成されてることを一般の形態とするが、場合により、第4図に示すように、結晶性カルコゲン層の一部を除去して形成されても良い。このような場合は、レーザービームの強度が十分でないとき、結晶性カルコゲン層が厚いとき、また、結晶性カルコゲン層に形成された凹凸性を利用してもしくは凹凸性に基づく光学濃度差を利用して情報を記録するときに適用される。」(6頁右上欄8行ないし左下欄5行)と記載され、形成された記録部材の一態様を示す添付の第4図(別紙図面C)には、カルコゲンガラス層10の一部のみを除去したものが示されていることが認められる。

また、成立に争いのない甲第3号証によれば、周知例2記載の発明は、名称を「熱的変形による記録媒体」とするものであって、その記録層の材料である熱可塑性バインダーについて、「有用なバインダーには、(中略)セルロースナイトレートがある。」(5頁左上欄15行ないし22行)と記載され、形成された記録媒体の断面図である添付のFIG.2(別紙図面D)にはくぼみ(孔)が層10を貫通しないものが示されていることが認められる。なお、上記のセルロースナイトレートとは、ニトロセルロースのことであるから、爆発性を有することが明らかである。

さらに、成立に争いのない甲第4号証によれば、周知例3記載の発明は、名称を「光学記録部品」とするものであって、「本発明の光学記録部品はいくつかの異なる構造態様の形に作ることができる。特定の選ばれた構造は書込みレーザーにより形成されたマークを含む情報の読取りメカニズムおよび活性もしくは分散層に与えられた保護の量に依存する。」(4頁左下欄7行ないし11行)、「マーク13は一般に、孔またはクレーターの形であり、使用する層11の厚さおよび適用されるレーザー強度並びにその他の因子に依存して、層11の全厚さほどの深さであることも、そうでないこともある。マーク形成の詳細なメカニズムは完全に理解されていないが、レーザービームを適用してマーク13を形成したときに、レーザービームからのエネルギーが層11に分散された金属またはその酸化物により先ず吸収され(「生ず」は「先ず」の誤記と認める。)、次にこのエネルギーが重合体系結合剤材料それ自体により非常に小さい範囲にだけ吸収されるものと考えられる。金属系粒により吸収されたエネルギーは次に重合体系結合剤材料に転移され、ここで溶融及び分解を生起するものと見做れる。重合体系結合剤材料の分解は一般にガス状分解生成物の放出を伴なう。このようなガス状分解生成物が層11の内部から意図されるように排出されると、孔またはクレーターの形成が始まる。このような融触作用は、特に層11がその頂部の保護層により被覆されていない場合には爆発的であり、若干の融触された材料が孔またはマークの端上に沈着してリム(ヘリ)を形成することがある。」(4頁左下欄20行ないし5頁左上欄2行)と記載され、光学記録部品上に形成されたマークの横断面図である添付のFIG.2(別紙図面E)には層11の一部のみを除去したマーク13が示されていることが認められる。

以上のとおり、各周知例には記録媒質の光吸収被覆の一部のみを除去して基板表面を露呈させない記録方法が開示され、かつ、周知例2にはそのバインダーが爆発性を有するものであることが開示されており、これらの技術的事項は本願優先権主張日前に当業者に周知であったことが明らかである。そして、周知例1及び3の上記各記載に照らせば、光吸収被覆に形成するピットの深さを、光吸収被覆全部を除去して基板に達するものとするか、光吸収被覆の一部のみを除去して基板を露呈しないものとするかは、情報読取りメカニズム、記録層の厚み、レーザービームの強度等の因子を考慮して、当業者において設計に当たり適宜に決定し得る事項にすぎないと解することができる。

したがって、引用発明の光吸収被覆の記録形状を同被覆の一部のみを除去する形状に変更することは当業者ならば各周知例記載の技術的事項を参照することにより容易に想到しえた事項であるとした審決の判断は、正当として肯認しうるものである。

そして、記録媒質の光吸収被覆の一部のみを除去して基板表面を露呈させないことを企図する以上、その目的に即して、書込みビームの焦点深さ及び強度を適宜に調整することは当業者ならば当然に考慮する設計事項であり、その場合、書込みビームを光吸収被覆の比較的浅い深さに焦点を結ぶようにして集束させ、かつ書込みビームの強度を爆発性材料が光吸収被覆の比較的浅い一定深さ範囲においてのみその自己点火温度にまで選択的に加熱されて完全な爆発が誘起されるように設定する程度のことは、容易に想到しうる事項の一つにすぎないというべきである。

また、原告は、各周知例記載のものはいずれも融解によって光吸収被覆の一部のみを除去することを開示するものであるから、これらの記載から、爆発によって光吸収被覆の一部のみを除去する本願発明の方法に想到することが容易であったとはいえないと主張する。

しかしながら、前掲甲第3号証によれば、周知例2には、背景技術の説明として「記録層は、レーザービームの波長において十分に高い吸収を有しており、このために、レーザーは層の小さな部分に十分なエネルギーを伝達し、その結果、焼けたり、蒸発したり、あるいはその他の方法で、これらのエネルギーを受けた小部分から有機物質を除去する作用が起こる。この方法は普通、融触記録(ablative recording)と言われる。」(2頁右下欄11行ないし17行)と記載されていることが認められ、レーザービームによる記録方法には燃焼による記録層の除去が含まれることが明らかにされているが、爆発は燃焼現象の一態様に他ならない。したがって、周知例2には爆発によって光吸収被覆の一部のみを除去する方法が開示されていることになるから、原告の上記主張は当たらないものである。

4  原告は、高速回転しているディスクの光吸収被覆に対して書込みビームの焦点深さ及び強度を所望の値に設定することは極めて高度の技術手段であるから、これを当然考慮される設計的事項にすぎないとした審決の判断は誤りである旨主張する。

しかしながら、本願発明の特許請求の範囲には、高速回転するディスクに対して前記焦点深さ及び強度設定をすることが記載されていないから、原告の主張は発明の要旨に基づかないものである。そして、レーザービームの照射によって記録層を加熱する場合、焦点及びビーム強度は当然調整すべきものであり、かつ、本願発明が要旨とする構成のように調整することは当業者において適宜なし得たというべきことは前記3において判示したとおりであるから、原告の上記主張は採用できない。

5  以上のとおりであるから、審決の認定判断は正当として肯認しうるものであって、本願発明の進歩性を否定した審決に原告主張のような誤りはない。

第3  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための期間の附加について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙図面A

2…基板 3…上面 4…爆発制材料の層 10…ピット

<省略>

別紙図面B

2…レーザービーム 5…記録材料 6…基盤

<省略>

別紙図面C

9…支持体 10…カルコゲンガラス層 11…レーザービーム

<省略>

別紙図面D

10…無定形物質の層 20…支持体

<省略>

別紙図面E

11…層 12…基体 13…マーク

<省略>

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